ファイナンス

MBOファイナンス完全解説

企業価値と株式価値、資金使途と資金調達、LBOの仕組み、デットの種類、返済能力の見方、コベナンツ、出資者の利益率まで。数字で一本につなげます。

架空本ページの数値例は、架空企業「ハルナ精機」のケース(ケーススタディ)と共通です。

0. 全体の地図

MBOのファイナンスは、次の一本の流れで理解すると迷いません。

買収時企業価値 → 株式価値 → 資金使途と調達
事業EBITDA → 返済原資
返済利息・約定返済・繰上返済
約束財務制限条項と余裕度
投資回収売却時の企業価値 → 株式価値 → 投資倍率・内部収益率

1. 会社の値段:企業価値と株式価値

「企業価値500億円の会社」と聞くと、500億円あれば買えそうに思えます。しかしMBOで株主に支払う金額は、企業価値ではなく株式価値です。会社を一つの箱と考えると、箱の中には事業だけでなく、手元の現金と返すべき借入も入っています。

基本公式

株式価値 = 企業価値 + 現金 − 有利子負債(言い換えると、企業価値 = 株式価値 + 純有利子負債)

ハルナ精機:株式価値450億円 = 企業価値500億円 + 現金40億円 − 有利子負債90億円

企業価値(EV、エンタープライズ・バリュー)
事業そのものの価値。誰がどう資金を出しているかに関係なく、事業が将来生み出すキャッシュフローの価値。
株式価値(エクイティ・バリュー)
株主に帰属する価値。MBOで株主に実際に支払う総額はこちら。1株あたりにすると「TOB価格」になる。
純有利子負債(ネット・デット)
有利子負債から現金を引いたもの。企業価値と株式価値の橋渡しをする。実務では、リース債務、退職給付債務、非事業用資産(投資有価証券など)、少数株主持分も調整項目として扱うことが多い。本サイトでは簡略化して現金と有利子負債のみで計算する。
  • なぜ現金を足すのか:会社を手に入れれば、その会社が持つ現金も経済的には手に入るから。
  • なぜ借入を引くのか:会社に残る借入の返済負担(または借換えの負担)を引き継ぐから。
混同注意
  • 株式価値 ≠ 貸借対照表の純資産、企業価値 ≠ 総資産。帳簿価額ではなく、市場価格や将来キャッシュフローに基づく経済価値。
  • 時価総額(株価×発行済株式数)は株式価値の市場での評価。TOB価格にはプレミアムが付くため、公表前の時価総額とTOBでの支払総額は一致しない。

2. 株式価値の評価方法

TOB価格の妥当性を判断するために、第三者算定機関は複数の手法で株式価値を算定します。

手法考え方長所注意点
市場株価法公表前の一定期間(前日、1か月、3か月、6か月)の株価平均客観的で分かりやすい株価が会社の実力を反映していない場合がある。出来高の少ない銘柄では信頼性が下がる
類似会社比較法同業の上場会社の企業価値/EBITDA倍率などを対象会社に当てはめる市場の相場観を反映本当に「類似」な会社の選び方で結果が変わる
割引キャッシュフロー法(DCF法)事業計画に基づく将来キャッシュフローを、割引率で現在価値に割り引く会社固有の将来性を反映事業計画・割引率・継続価値の前提で結果が大きく動く。事業計画を誰が作ったかが重要
プレミアム分析同種の非公開化案件で付いたプレミアムの水準と比較相場との比較ができるプレミアムの高さだけで妥当性は判断できない(元の株価が低すぎる場合など)

実務では、これらの手法で算出された価値のレンジの中で、TOB価格がどこに位置するかが開示されます。読み方は開示資料の読み方を参照してください。

3. 資金使途と資金調達:555億円を誰がどう出すか

買収の実行に必要な資金を、何に使うか(資金使途)と誰がどの形で出すか(資金調達)に分けて整理した表を、実務では「ソーシズ・アンド・ユーシズ」と呼びます。

資金使途

株式の取得代金(=株式価値)450
既存借入の返済(借換え)90
取引費用(助言報酬・融資手数料等)15
合計555

資金調達

優先ローン(シニアローン)280
劣後ローン(メザニン)60
出資(ファンド190 + 経営陣25)215
合計555
単位:億円。資金調達の合計は必ず資金使途の合計と一致させる。
  • なぜ既存借入の返済が資金使途に入るのか:対象会社の既存の借入契約には「支配権の変更」時に一括返済を求める条項が含まれることが多く、また新たな貸し手が担保順位を確保するためにも、買収時に借り換えるのが一般的だから。
  • 「既存借入90」と「新規借入340」を混同しない。前者は返す側(使途)、後者は借りる側(調達)。
  • 出資額は差額として決まるように見えるが、実際には借入可能額(返済能力)と出資者の要求利益率の両方から設計される。
  • 対象会社の手元現金40億円は、事業運営に必要なため買収資金には使わない前提(現金の一部を使う設計もある)。

4. なぜ借入で買うのか:レバレッジの仕組み

出資だけで買えるなら、なぜわざわざ借入をするのか。答えは、借入を使うと必要な自己資金が減り、自己資金あたりの利益率が増幅されるからです。

企業価値100の会社を買収借入なし(出資100)借入あり(借入50+出資50)
企業価値が120に上昇出資100 → 株式価値120。利益+20、+20%株式価値120 − 借入50 = 70。利益+20、+40%
企業価値が80に下落出資100 → 株式価値80。損失−20、−20%株式価値80 − 借入50 = 30。損失−20、−40%

企業価値の変動幅(±20)は同じでも、自己資金が小さいほど、自己資金あたりの変動率は大きくなります。これがレバレッジ(てこ)効果です。良い方向にも悪い方向にも同じように働きます。

借入は多いほどよいのか

いいえ。借入には利息の支払いと元本の返済義務が伴います。借入を増やすほど利益率の増幅は大きくなりますが、返済負担も増え、業績が少し悪化しただけで返済に行き詰まる危険が高まります。適切な借入額は、事業が生み出すキャッシュフローで無理なく返済できる水準(返済能力)から決まります。

レバレッジ以外の効果

  • 規律効果:返済義務があることで、経営陣は無駄な投資を避け、キャッシュフローを重視した経営を行うようになる。
  • 税効果:利息は原則として損金となり、税負担を減らす(ただし過大支払利子税制など、利息の損金算入を制限する税制がある。また買収目的会社の利息を対象会社の利益と相殺するには、合併などの組織再編が必要になる)。
  • 出資者間の役割分担:金融機関は安定した利息を、出資者は成長の果実を、というリスクとリターンの分担が成立する。

5. 借入の種類と構造

買収資金の借入は一種類ではありません。返済の優先順位、金利、返済方法が異なる複数の層を重ねて設計します。

層返済順位金利の水準返済方法担保ハルナ精機のケース
優先ローン(シニアローン)最優先低い(基準金利+上乗せ)期中に分割返済+余剰資金で繰上返済対象会社株式・主要資産280億円、年4.0%、毎年25億円返済、余剰の50%を繰上返済、期間5年
劣後ローン(メザニン)優先ローンの後高い満期一括返済が多い優先ローンに劣後60億円、年9.0%、満期一括、期間6年
出資(エクイティ)最後—(配当・売却益)——215億円
期限付き貸付(タームローン)
一定期間、契約に従って借り入れ、返済スケジュールに沿って返す形態。買収資金の中心。
当座貸越枠(リボルビング・クレジット・ファシリティ、RCF)
設定した枠の範囲で借入・返済・再借入ができる形態。運転資金の変動に対応する。
分割返済(アモチゼーション)
期中に元本を少しずつ返す方式。
満期一括返済(ブレット)
期中は利息のみを払い、満期に元本をまとめて返す方式。
債権者間契約(インタークレディター契約)
優先・劣後の貸し手の間で、支払順位、担保実行の主導権、劣後側の行動制限などを定める契約。
売却時の分配順序(ウォーターフォール) 売却代金 → ① 優先ローンの返済 → ② 劣後ローンの返済 → ③ 残りが出資者へ 企業価値が同じでも、残っている借入が少ないほど、出資者の取り分は大きくなる。

6. 利益とキャッシュは違う

「黒字なら借入は返せる」と考えたくなりますが、利益が出ていることと、返済日に現金があることは同じではありません。

損益計算書
一定期間の収益と費用から利益を示す。売上を計上しても、代金回収が後なら現金はまだない。
貸借対照表
ある時点の資産・負債・純資産の状態。借入をすると現金と負債が同時に増える。
キャッシュフロー計算書
現金が営業・投資・財務のどこで増減したかを示す。返済能力を見るのはこちら。
取引利益への影響現金借入残高
100億円を借りる増えない+100+100
元本10億円を返す費用にならない−10−10
利息3億円を払う費用になる−3変わらない

7. 収益力の物差し:EBITDAと負債倍率

「340億円の借入は大きすぎないか」——何と比べて大きいのか。借入の絶対額ではなく、事業の収益力との比率で見るのが出発点です。

EBITDA(イービットディーエー)

利払い前・税引き前・減価償却前利益。利息・税金・減価償却費を差し引く前の利益で、事業の現金創出力の目安として、借入の大きさと比較する際の基準に使われる。ハルナ精機の初年度EBITDAは80億円。

指標計算ハルナ精機(買収時)
総負債倍率(グロス・レバレッジ)有利子負債 ÷ EBITDA340 ÷ 80 = 4.25倍
純有利子負債倍率(ネット・レバレッジ)(有利子負債 − 余剰現金)÷ EBITDA(340 − 20)÷ 80 = 4.0倍(現金40億円のうち運転に必要な20億円を除く)
買収倍率企業価値 ÷ EBITDA500 ÷ 80 = 6.25倍
EBITDAは現金ではない

EBITDAから税金・設備投資・運転資本の増加を差し引いて初めて、返済に使える現金(返済原資)になります。また、EBITDAの定義は契約や資料ごとに調整項目(一時費用の加算など)が異なるため、「この資料ではどう定義されているか」を必ず確認します。

8. EBITDAから返済原資へ

返済原資(CFADS)

返済原資 = EBITDA − 法人税等の支払 − 設備投資 − 運転資本の増加。利息と元本の支払いに充てられる現金。定義は契約ごとに異なるため、本サイトではこの簡易な定義で統一する。

1年目2年目3年目4年目5年目
EBITDA8084889296
− 法人税等1516171819
− 設備投資1212131314
− 運転資本の増加33222
返済原資5053565961

EBITDA80億円に対し、実際に返済に使えるのは50億円。この差を見落とすと、借入の設計を誤ります。

9. 返済スケジュール:340億円はどう減っていくか

前提:優先ローン280億円(年4.0%、毎年25億円の約定返済、返済後に残る余剰資金の50%を繰上返済に充当)、劣後ローン60億円(年9.0%、満期一括)。利息は期首残高に金利を掛けて簡易計算します。

1年目2年目3年目4年目5年目
優先ローン期首残高280.0250.8219.5186.1150.5
優先ローン利息(4%)11.210.08.87.46.0
劣後ローン利息(9%)5.45.45.45.45.4
約定返済25.025.025.025.025.0
返済原資50.053.056.059.061.0
返済後の余剰8.412.616.821.224.6
繰上返済(余剰の50%)4.26.38.410.612.3
優先ローン期末残高250.8219.5186.1150.5113.2
手元現金(期末)44.250.558.969.581.8
借入が減る → 利息が減る → 余剰が増える → 繰上返済が増える → 借入がさらに減る (業績が悪化すると、この循環は逆回転する)
借換えリスク

5年間返済を続けても、5年目末に優先ローン約113億円と劣後ローン60億円が残ります。優先ローンの期間が5年なら、満期に残った元本は売却代金で返すか、借り換えるか、手元現金で返す必要があります。「返済が進んでいること」と「満期に全額返せること」は別問題です。満期時の金融環境や業績によっては借換えが難しくなる、これが借換えリスク(リファイナンスリスク)です。

10. 財務制限条項:貸したあとも続く約束

金融機関の関心は「貸したお金が戻ってくるか」であり、返済が終わるまで続きます。そこで融資契約には、借り手が守るべき約束=コベナンツが盛り込まれます。

種類内容
情報開示義務月次・四半期の財務報告、年次の監査済み決算書の提出、重要事象の通知
行為制限追加借入、資産売却、配当、M&A、経営陣の変更などを、貸し手の同意なく行わない
財務制限条項一定の財務指標を維持する約束。純有利子負債倍率の上限、返済余力比率の下限が代表的

ハルナ精機の財務制限条項(1年目)

指標計算実績基準判定余裕度
純有利子負債倍率(有利子負債 − 余剰現金)÷ EBITDA(340 − 20)÷ 80 = 4.00倍4.50倍以下充足0.50倍
返済余力比率(DSCR)返済原資 ÷(利息 + 約定返済)50 ÷ 41.6 = 1.20倍1.10倍以上充足0.10倍

業績が悪化したら:ダウンサイドの試算

1年目のEBITDAが80ではなく66億円(−17.5%)、設備投資と運転資本も悪化した場合:返済原資 = 66 − 12 − 13 − 5 = 36億円。

指標実績基準判定
返済余力比率36 ÷ 41.6 = 0.87倍1.10倍以上抵触
純有利子負債倍率320 ÷ 66 = 4.85倍4.50倍以下抵触

EBITDAが2割弱落ちるだけで両方の条項に抵触します。借入の設計では、このような悪化シナリオでどこまで耐えられるかを必ず確認します。

抵触したら即倒産か

いいえ。抵触すると、契約上は貸し手が期限の利益(返済期限まで返さなくてよい権利)を失わせて一括返済を求めることができる状態になりますが、実務では、貸し手との協議、是正計画の提出、条件変更(金利引上げや追加担保)、一時的な適用免除(ウェイバー)といった対応が取られることが多い。ただし交渉力は明確に貸し手側に移ります。

借入可能額(デット・キャパシティ)の考え方

財務制限条項の基準から逆算すると、理論上の借入の上限が見えます。純有利子負債倍率4.5倍以下なら、EBITDA80億円に対して純有利子負債360億円まで。返済余力比率1.10倍以上なら、返済原資50億円に対して利息+約定返済は45.5億円まで。ただし、この上限まで借りるのは危険です。実際の借入額は、ダウンサイドでの余裕、貸し手の審査、市場環境を踏まえて、上限よりかなり保守的に設定されます。

11. 金利の中身と実質コスト

基準金利+上乗せ金利
貸出金利は、市場の基準金利(変動)に、借り手の信用力に応じた上乗せ(スプレッド)を加えて決まる。
融資手数料(アップフロント・フィー)
借入実行時に一括で払う手数料。借入額に対する一定割合で定められ、案件の規模や条件で異なる。
未使用枠手数料(コミットメント・フィー)
当座貸越枠のうち使っていない部分に対して払う手数料。
実質コスト(オール・イン・コスト)
表面金利だけでなく、各種手数料を含めた調達の実質的な負担。「金利4%」でも実質は4%より高い。
金利ヘッジ
変動金利の一部を金利スワップで固定し、金利上昇リスクを抑える。融資契約で一定割合のヘッジが義務づけられることが多い。固定すれば必ず得というわけではなく、金利が下がれば固定した分は割高になる。

12. 出資者は何を見ているか:投資倍率と内部収益率

金融機関は返済を見ます。出資者(ファンドと経営陣)は出資に対する利益を見ます。

投資倍率(MOIC)
回収額 ÷ 出資額。出資が何倍になって戻ってきたか。
内部収益率(IRR)
保有期間を考慮した年率の利益率。単純化すると、投資倍率の(1/保有年数)乗 − 1。

ハルナ精機:5年後に売却倍率6.5倍で売却した場合

項目金額(億円)計算
売却時の企業価値6245年目EBITDA 96 × 6.5倍
− 残存借入173優先ローン113 + 劣後ローン60
+ 手元現金825年目末
売却時の株式価値533
投資倍率2.48倍533 ÷ 215
内部収益率約19.9%2.48の5分の1乗 − 1
売却倍率5.5倍6.0倍6.5倍7.0倍
売却時の株式価値437485533581
投資倍率2.03倍2.25倍2.48倍2.70倍
内部収益率15.2%17.6%19.9%22.0%
出資者の利益を動かす4つの要素
  • 事業の成長:EBITDAが80から96に増えた分、売却時の企業価値が増える。
  • 借入の返済:借入が340から173に減った分、同じ企業価値でも株式価値が増える。買収倍率と売却倍率が同じ6.25倍でも、返済だけで利益が生じる。
  • 倍率の変化:買収時6.25倍、売却時6.5倍。倍率が上がれば利益は増えるが、下がれば減る。
  • 保有期間:同じ2.48倍でも、3年なら内部収益率は約35%、7年なら約14%。

借入なしで555億円を全額出資していた場合、5年目の回収額は企業価値624+累積現金(5年分の返済原資279+当初40)で約943億円、投資倍率は約1.70倍。借入を使った2.48倍と比べると、レバレッジの効果が分かります。なお、この比較は利息の税効果や現金の運用益を無視した簡略計算です。

13. 全部つなぐとLBOモデルになる

TOB価格 1,500円 × 3,000万株 = 株式価値 450 → 企業価値 500 → 必要資金 555 ↓ 借入 340(優先280+劣後60)+ 出資 215 ↓ EBITDA(80→96)→ 返済原資(50→61)→ 利息・約定返済・繰上返済 → 借入残高(340→173) ↓ 財務制限条項の判定 → 余裕度 → ダウンサイドの検証 ↓ 売却時EBITDA 96 × 売却倍率 6.5 = 企業価値 624 → − 借入 173 + 現金 82 = 株式価値 533 → 投資倍率 2.48倍・内部収益率 19.9%

この一連の計算を表計算ソフトで組んだものが「LBOモデル」です。本サイトの計算ツールでは、主要な前提を動かして結果の変化を確かめられます。